父親支援サイト「TOCHANTO(とうちゃんと)」運営 八木俊樹さん 子育てを機に働き方を見直した父親のリアル

父親支援サイト「TOCHANTO(とうちゃんと)」運営 八木俊樹さん 子育てを機に働き方を見直した父親のリアル

キラキラママ・パパ

娘の誕生を機に、退職と移住を選び、家族中心の暮らしへとシフトした八木俊樹さんにお話をうかがいました。

子どもが生まれて変わった、仕事と家族の優先順位

父親支援サイト TOCHANTO 八木俊樹
八木さんご一家

20代の八木さんは、営業職として順調にキャリアを重ねていました。成果を出し、任される仕事が増えていく日々。「当時は、とにかく仕事が楽しくて、もっと上を目指したい気持ちが強かったですね。転勤も成長するための要素の一つと捉え、キャリアを優先することに迷いはありませんでした」と振り返ります。

そんな働き方に、少しずつ変化の兆しが現れたのが結婚をきっかけに始まった遠距離生活でした。八木さんは岡山、奥さんは大阪。新婚生活は、最初から離れて暮らす形で始まりました。「さすがに一度くらいは一緒に暮らしたいと思って、大阪への異動希望を出しました。しかし、実際に出た辞令は、希望とは逆の熊本への異動でした。昔の自分なら、きっと喜んでいたと思います。でも、その時の感情は違い、なんで、わざわざこんな遠くへ行かされるんだろう、って。初めて会社に対して怒りに近い気持ちが湧いたんです」

その違和感がはっきりとした形になったのは、娘さんの誕生がきっかけだったそうです。「結婚から2年弱で生まれた娘を前に、これまで感じていたモヤモヤが、一気に言葉になった感覚がありました。今、生まれてきた娘と妻との時間を、できる限り大切にしたい。そう心から思えたことで、価値観が変わっていきました」

娘さんの誕生から約1カ月後、八木さんはそれまで一度も考えたことのなかった退職という選択をします。「迷いがなかったわけではないですが、家族と一緒にいたいという気持ちが、すべてを上回っていました」。父親になったことで、仕事を中心に回っていた人生の軸は、静かに、しかし確実に家族へと移っていったのです。

仕事と育児の両立に悩む父親が感じたリアルな課題

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八木俊樹さん

退職後、「家族と一緒に暮らすこと」を軸にした生活のために移住先として考えたのは、妻の地元である徳島県です。「妻が里帰り出産で徳島に戻っていたので、僕もリモートワークをしながら一緒に過ごしていました。その時間が僕にとって大きな転機になりました。海が近くて、自然が豊かで、気候も穏やか。単純に『いい場所だな』って思えたんです」

出産後はいったん大阪に戻り、約1年間、都市部での子育てを経験しました。保育園探しの時期になると、思いがけない戸惑いも生まれます。「大阪は選択肢が多すぎて、逆に迷ってしまって。各園の特色や評判を調べるほど、何が正解かわからなくなりました。そんな中、妻と『徳島だったら一択だよね』って笑いながら話したんです。出産直後に過ごした徳島での、ゆったりとした時間が心に残っていました」

八木さんが徳島への移住を決めた理由は、環境だけではありません。「妻の実家のサポートを受けられるのは、本当に大きかったですね。今も義両親にはたくさん助けてもらっています。家族だけで抱え込まず、頼れる場所があることで、父親としての気持ちにも余裕ができました」

現在の生活リズムは、娘さん中心です「夜8時には娘と一緒に寝て、朝4時には目が覚めます。朝の静かな時間に仕事を進め、夕方には区切りをつけています。早朝に自然と目が覚めることは、すごく気持ちがいいんです。保育園のお迎えにも余裕を持って行けるようになって、家族と過ごす時間と働く時間の切り替えが、自然とできるようになりました。父親としての幸せと、働く自分の満足感。その両方が少しずつ重なってきた感覚があります」

子どもと過ごすそんな日常の積み重ねが、八木さんにとって、仕事と育児をめぐる悩みを“個人の問題”から“父親が直面する普遍的な課題”として捉え直すきっかけにもなっていったのです。

父親支援サイト「TOCHANTO(とうちゃんと)」を立ち上げる

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八木さんが運営するメディア「TOCHANTO(とうちゃんと)」のトップページ

「TOCHANTO(とうちゃんと)」を立ち上げる大きなきっかけとなったのは、八木さんの身近な友人の出来事でした。営業マンとして第一線で活躍し、学生時代はスポーツで全国大会に出場するほどの体育会系。仕事も家庭も全力で向き合っていた友人が、子どもの誕生後に産後うつを経験したのです。「正直、最初は『男性も産後うつになる』ということ自体を知らなくて。「?」しか浮かばなかったですね」

その友人は、八木さんとほぼ同じタイミングで父親になり、仕事を続けながら家庭も大切にしていました。一方、八木さん自身は、娘が生まれた翌月に退職し、最初の一年を比較的ゆったりと過ごしていました。「もし僕が会社員のまま、仕事も家庭も背負い続けていたら、同じような状態になっていたかもしれない。そう思ったとき、他人事ではない恐れが胸に迫りました」

そこから見えてきたのは、父親が弱音を吐きにくい社会の構造でした。「母親はもちろん、父親も、仕事も家庭も頑張るのが当たり前、でも相談先は少ない。情報も圧倒的に足りない。女性の社会進出や支援の仕組みが広がってきた一方で、父親を支える仕組みは、まだ追いついていないと感じました。今は過渡期だと思っています。男性も家庭に関わりたい人が増えているのに、それを支える場所がない。これは個人の努力だけではなく、社会の仕組みとして支える必要がある」

そう考えた時に浮かんだのが、父親同士が情報や気持ちを共有できる場としての「TOCHANTO(とうちゃんと)」だったといいます。「僕の想いが独りよがりではないかを確かめるため、クラウドファンディングで発信したところ、206名もの支援が集まりました。『実は自分も産後うつだった』『夫が悩んでいた』という声が寄せられ、表に出ていない悩みの多さを実感したんです」
同時に、悩む父親を支えたいと手を差し伸べる人や団体との出会いも生まれました。悩んでいる人と、支えたい人をつなぐ。その役割こそがTOCHANTO(とうちゃんと)の存在意義だと、八木さんは静かに確信していったのです。

正解は一つじゃない。自分たちらしい家族の形

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近所の夏祭りに娘さんと

「家族の形に、正解はないと思うんです」。そう話す八木さんの言葉は、TOCHANTO(とうちゃんと)の活動そのものを表しているように聞こえます。「子どもと過ごせる時間は、父親・母親として考えると、おおよそ20年くらいだと言われていますよね。長いようで、実はそんなに長くない。だからこそ、その時々で、悩み方も変わっていくんだと思います」。子育ての悩みは、産前産後だけに限りません。不登校、介護、移住など、家族との状況によって、直面する課題は少しずつ姿を変えていきます。「そのたびに、『これでいいのかな』って迷うのは、きっと誰でも同じなんですよね」

TOCHANTO(とうちゃんと)は、そんな迷いの中にある人たちに向けて、言葉を届ける場として生まれました。「立ち上げてまだ2年に満たないメディアですが、記事を発信し、声を受け取る中で、同じように悩んでいる人が多いんだな、という実感が少しずつ積み重なってきました。すぐに答えを出せなくても、考えるヒントや、気持ちが少し軽くなるきっかけを届けられたらと思っています」

八木さんが活動の拠点としているのは、徳島県の人口約3,300人の小さな町です。「地方にいると、時間の流れが違うと感じます。自然が身近になると、立ち止まって考える余白が生まれるんですよね。子どもが少なくなっている町で暮らすからこそ、過疎地での子育てや暮らしの豊かさを等身大で伝えていく意味があると感じています。ここでの暮らしや、TOCHANTOの活動そのものも、一つのロールモデルになればいいなと思っています」

今後について尋ねると、八木さんは少し考えてから、こう話してくれました。「特に力を入れていきたいのは、産前産後という特に不安が一番大きいタイミングの父親や母親を支えることです。現在は、温泉や温泉療法を軸にした家族湯治というプロジェクトを、日本ならではの産後ケアの形として準備中です。しんどくなりきる前に、少しでも力になれる選択肢を増やしたいんです」

話の最後に、八木さんは穏やかな表情でこう語ります。「振り返ったときに、『ちゃんと一緒に過ごしたな』と思える時間を重ねていきたい。それが、会社を辞めた理由でもあり、今の暮らしを選んでいる理由でもあります」

環境や立場が違っても、家族の数だけ選び方があります。八木さんの歩みは、何か一つの正解を示すものではなく、自分たちらしく考え続けることそのものが、家族の形になっていくのだと、静かに教えてくれます。

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家族で徳島ヴォルティスを応援するのが、週末の楽しみのひとつ

八木俊樹さんのTOCHANTO(とうちゃんと)のサイトはこちら
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HP:https://tochanto.com/

取材・編集協力/東京通信社

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