子育て世代必見!【新しい世界が見える!書体デザインのハナシ 前編】
元校長先生が聞く ○○のハナシ
対談第3回
第3回 書体デザイナー 高田裕美さん × 元東京都公立小学校校長 菊井道子先生
この連載では、ポピーで長年子育ての悩みに寄り添ってきた「ポピー教育対話主事」の先生方が、様々な分野で活躍中の方へインタビューします。第3回目の対話主事は、前回に続き、菊井道子先生です。
お話を伺ったのは、書体デザイナーの高田裕美さん。読み書きに困難を抱える子どもたちにも配慮された「UDデジタル教科書体1」の産みの親です。書体デザイナーのお仕事や、多様性について、菊井先生がお話を伺いました。
高田裕美(たかた・ゆみ)さん(書体デザイナー)
女子美術大学短期大学グラフィックデザイン科卒業後、ビットマップフォントの草分けである林隆男氏が設立した株式会社タイプバンクに入社。32年間、書体デザイナーとしてさまざまな分野のフォントの企画・制作を手掛ける。2017年モリサワ社に吸収合併後、書体の重要性や役割を普及すべく、教育現場と共にUDフォントを活用した教材配信、講演やワークショップ、教育系の雑誌や学会誌への執筆、取材対応など広く活動中。2023年に初の著書『奇跡のフォント』を時事通信社より出版。2024年、日本タイポグラフィ協会 佐藤敬之輔賞 個人部門受賞。
菊井道子(きくい・みちこ)先生 (ポピー教育対話主事)
東京都出身。東京学芸大学卒業。小学校教員として17年にわたり児童、保護者と関わる。また、東京都教育委員会 指導主事として教職員の資質・能力向上を支援。2005年より小学校校長として学校経営を担う。専門は体育。
2020年4月より全家研ポピー教育対話主事に就任。学び続ける探究心を忘れず、子育て世代に向けた有用な情報発信に全力を注ぐ。
- 「UDデジタル教科書体」とは、学校教育の指導の基準となる学習指導要領に準拠し、書き方の方向や点・はらいの形状を保ちながら太さの強弱を抑え、ロービジョン(弱視)、ディスレクシア(読み書き障害)の人に配慮したデザインの書体です。近年、教科書での採用以外にも、学校で使用するプリントやデジタル教材にも幅広く導入されています。 ↩︎
「書体デザイン」の仕事って?
菊井道子先生(以下、菊井):『奇跡のフォント』を拝読しました。書体やフォントのデザイン、と聞くと、街で見かける広告の文字とか、品物のパッケージの文字などをデザインする仕事かしら、などと想像するのですが、実際には、どのようなお仕事なんでしょうか。
高田裕美さん(以下、高田):「書体」と「フォント」は、似ていますけれど、少し違うんです。「書体」は、共通のコンセプトや表情をもつようにデザインされた文字の集まりを言います。
日本語って、欧米のようなアルファベットだけでなく、ひらがな・カタカナ・漢字・数字・英文字といくつもの種類の文字がありますよね。由来も、漢字は中国、英文字は欧米、かなは日本と、いろんな文化が一緒になっています。
菊井:なるほど、他の国だと、数字が加わる程度かしら。
高田:表記方法も、たて書きと横書きがありますよね。「書体」は、いろいろな種類の文字が、たて、横と並んだときに、読みやすく成り立つようにデザインした文字のセットなんです。「明朝体」とか「ゴシック体」のように、大きなカテゴリーに分類することができます。
菊井:例えば、「あ」という文字ひとつとっても、たくさんの書体(デザイン)があるということですね。学校の教科書などに使われる「教科書体」も、書体のカテゴリーのひとつだったのですね。
高田:そして「書体」に、パソコンで使える機能をつけたものが「フォント」と言われます。私がこの仕事に就いたのは、これからデジタル化がどんどん進んでいくという時代でした。
菊井:ひとつの書体で、どれくらいの文字をデザインするのですか?
高田:一般的に小さいセットで約9300字から、大きいセットだと2万字を超えます。それをデザイナーがチームを組んで行っていきます。
菊井:すごい!気が遠くなりそうです。
高田:これは、UDデジタル教科書体を作っているときのチェック表です。文字同士が隣り合ったときに、どの字が来てもばらつきがないように調節していくんです。漢字とかなを並べたり、文化の異なる和文と欧文を並べたり、縦と横に並べたり、記号を入れたり。こんなことを何度も繰り返します。
菊井:こうやって見ると、どの字が大きく見えるとか、黒みが強いとか、わかりますね。
高田:これよりも前の段階では、文字としてのバランスを、一文字ずつ大きいサイズでチェックしています。
もっと詳しく「モリサワフォントができるまで」➡https://www.youtube.com/watch?v=FJVtZLbp9Bg
提供:株式会社モリサワ
社会の変化によって求められる書体も変わる
高田:昔は、小さな金属に文字を刻んだハンコのような活字を一つひとつ並べて、印刷用の版を作っていました。その後、写真植字機(写植)という、写真を応用して印画紙に文字を印字する技術に代わると、同じデザインでは印刷したときに少し文字が細く見えるようになります。
菊井:印刷の技術が変わると、文字の見え方も変わってくるんですか。
高田:そうなんです。例えば、明朝体は活字のときは圧力がかかるので横線が少し太くなる。逆に写植では写真に撮ったまま細く出るので、横の線を少し太くする必要が出てきました。さらに、デジタル化されると、今度はまた違う見え方になってきます。
最初のデジタル化のときは、プリンターの解像度が粗かったので、写真技術では可能だった微妙な太さの変化や丸みなどが汚れに出てしまい、写植の文字とは異なる処理が必要になりました。
たとえばテレビ画面に出てくるテロップは、昔はアナログの走査線に載らないとチラついて見えるので、横線だけ太くしていましたが、デジタル技術の進歩によってよりクリアになり、文字全体が細めに見えるようになりました。ですから、同じように見やすくするためにその時代の技術に合わせてどこを変えるか、常に考える必要があります。
菊井:社会の変化に合わせて、どんな書体が求められるのかを考えていくのですね。
高田:今までの社会は、おもに明朝体が使われてきました。明朝体の漢字は横線が細く縦線が太い特徴があるので、文章を上から下へと読むときに、視線がスムーズに流れるのです。また、漢字に対してかなは筆の要素が残っているので、無意識に漢字とかなの区別をして長文でも読みやすいと言われています。
新聞や小説などは、一般的に縦書きで明朝体ですよね。でも、今はWebの情報や、ビジネス文章など横組みのものも増えてきて、縦横線の太さが均一に見えるゴシック体がよく使われています。
菊井:なるほど。……ということは、たとえば教科書の書体も、時代によって変わっていたりするのでしょうか。
高田:ええ、その通りです。教科書会社はそれぞれオリジナルの教科書体を開発して使っているのですが、時代によって少しずつ形も変わって来ています。文化庁には、明治時代からの教科書体の変化を示す資料も残っていますよ。
菊井:長年、教科書を使って授業をしてきましたが、初めて知りました。あとで教科書を並べて、確かめてみます。
高田:そして、教科書も紙からデジタルへと変わっていく中で、タブレットや電子黒板の表示にUDデジタル教科書体を受け入れやすくなったということもあると思います。
取材後日、菊井先生は、実際に小1の国語の教科書を数冊並べて比較してみたそうです。「同じ教科書会社でも年代によって少しずつ書体が変わっているのがわかり、大きな驚きでした」とのことでした。次では、「読むこと」「書くこと」に、書体がどれくらい影響しているのかについて教えていただきました。