子育て世代必見!「なるほど!」「わかった‼」につながる学び方のハナシ 前編
元校長先生が聞く ○○のハナシ
第6回 解剖学者 樋口 桂先生×元小学校校長 菊井道子先生
今、教育界で注目が集まっている“非認知能力”。その力を育む手法の一つとして、学校教育現場では、“探究活動”のとりくみも広がっています。そこで、学校や自治体での探究に関する普及活動や教育支援を手掛ける、解剖学者・樋口 桂先生(文京学院大学教授・ふじみ野図書館長)に、子どもの考える力を育み、真の知識をつけさせるためのポイントを伺いました。
樋口 桂(ひぐち・かつら)先生(文京学院大学保健医療技術学部 教授)
1972年、東京生まれ。専門分野は人体解剖学、臨床解剖学、比較解剖学、解剖学教育、視覚障害者への医学教育。医学博士。『解剖学(第2版)』(医歯薬出版)『模式図で理解する人体の骨格1 体幹の骨格』(桜雲会)『解体新ショー』(NHK出版)など。日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビ番組でも活躍。
菊井道子(きくい・みちこ)先生 (ポピー教育対話主事)
東京都出身。東京学芸大学卒業。小学校教員として17年にわたり児童、保護者と関わる。また、東京都教育委員会 指導主事として教職員の資質・能力向上を支援。2005年より小学校校長として学校経営を担う。専門は体育。
2020年4月より全家研ポピー教育対話主事に就任。学び続ける探究心を忘れず、子育て世代に向けた有用な情報発信に全力を注ぐ。
子ども時代の「なんでだろう?」が原点
菊井道子先生(以下、菊井) テレビ番組「世界一受けたい授業」にご出演されて、人体のしくみや不思議について、いろいろ解説されていましたね。子どもの頃から、解剖学に興味があったのですか?
樋口 桂先生(以下、樋口) もともと、小学校からの帰り道にゴミ捨て場からブラウン管テレビを拾ってきて、自宅の庭で分解するような子どもでした。「ブラックボックスを開けてそのしくみを探りたい!」ということで、身近な疑問や知らない世界の扉をこじ開けようとする、みたいな好奇心旺盛な少年時代だったのです。もちろん、人体のしくみについても、子どもの頃から「からだの内部はどうなっているんだろう?」という強い興味関心がありました。ただし、「将来、解剖学者になるぞ!」とは思っていませんでしたし、実際に、こうした仕事に就くとは考えもしませんでした。
菊井 解剖学に出合ったのは?
樋口 大学に入ってはじめて「解剖学」という学問分野に触れて、強い興味をもちました。
菊井 どんなところが魅力的だったのでしょう?
樋口 当時は、遺伝子の研究がこれからの医療を切り開くカギだという風潮で、私もそういう分野に進むつもりでいたんです。ところが、学年が上がって、研究室で体験させたもらった実験実習などでは、小さな試験管のなかに目に見えないわずかな遺伝子を試薬で抽出して分析にかけるような実験の繰り返し…。細胞から抽出した成分の分析とはいえ、なんとなく“生きる仕組み”を扱っているという実感がなくて、「あれ?期待と違うな…」と思ってしまったんです。
菊井 ピンとこなかったんですね。
樋口 むしろ、入学当初に解剖学の先生から受けた授業の印象が強かったんですね。そこでは人体の骨格に触れながら、実際にからだのなかで機能する合理的なしくみを観察する機会があって、ヒトの形にちゃんと意味があり、長い進化の変遷が関わっていることを知って「目からウロコ」でした。その印象が強すぎて、学年が上がっても「遺伝子のことをやるよりはせっかくなら大学院に行って解剖学を専門にしたいな…」という感じで、初心に帰って解剖学の道に進むことにしたんです。
菊井 分かります! 私は体育が専門だったので、筋肉に興味があります。私たちのからだはこうなっているんだというのが立体的にわかってくると、おもしろいですよね! ここ(文京学院大学人体標本室)にある模型は、確かにインパクトがありますね。
樋口 漠然とした状態で大学に入ったのですが、解剖学の授業のあとで、食いついていろいろ質問してくる僕のような学生に解剖学の教授陣もいろいろと相手をしてくださったのも影響していると思います。解剖学という学問分野に出合えてよかったと思います。
ストーリーの中で学ぶ
菊井 解剖学は覚えることが多くて難しいイメージがありますが、上手に学ぶコツは?
樋口 「世界一受けたい授業」では、専門家ではない一般の人々に、どのようにかみ砕いて伝えるか、あるいは要約して簡潔に伝えるかを常に考えていました。
菊井 親子で観るおうちも多いでしょう。子どもでも興味を持って理解できるように解説するというのは難しいですね。
樋口 そうなんです。そこで、なるべく身近な疑問を題材にして興味がもてるような導入にしました。また、解説でも、詳しく解剖生理学の具体的な事例を次々と列挙していくよりも、からだの仕組みの意味をまとめるように外観を眺めるように「一言で言えばどんな意味があるモノなのか?」とか、「このしくみは日常の○○と同じようなモノだ」というようなわかりやすい事例と重ね合わせる工夫をしたりして、「違う分野ですが、たとえてみるとこんな感じです」と説明するのです。
菊井 たとえば、どんな例がありますか?
樋口 骨のはたらきがテーマだとしましょう。どのように骨が機能しているかといえば、まず全身を支えているイメージがありますよね。ですから硬くて丈夫な骨である必要性があって、その硬さを担うのは骨のカルシウム成分です。
菊井 小学校でも、保健だよりや給食だよりなどで、骨の健康のためにカルシウムを摂りましょうと教えています。
樋口 しかし、骨は硬さを担う目的だけでカルシウム成分が豊富なわけではありません。からだのなかに一定量のカルシウムがきちんと供給される必要があり、そのためには、どこかにしっかりストックしておく必要があるわけです。骨には、カルシウムのストックとしてのはたらきもあるのです。
菊井 ストックしておくはたらき?
樋口 はい、からだのなかで細胞が活動するとき、つまり全身の筋肉がからだを動かすときや、神経が情報を伝えるときにも、じつはカルシウムが供給されなければ機能できない…。ですから、カルシウムが体内を流通している“お金”と考えたとき、骨はその流通量を一定に保つための“銀行”のようなものだとイメージすればいいんです。お金と同じようにカルシウムをストックしている、と。
菊井 なるほど! 骨を“銀行”と見立てるんですね。どこかで銀行からお金をおろす人がいて、逆にどこかで銀行に貯金する人がいる。そのやりとりで全体として出金と入金のバランスがとれていると、社会に一定量のお金が流通できるというしくみですね。
樋口 はい、その通りで、入金・出金のバランスが良ければ銀行もしっかりお金をストックして安定できますよね。それと同じで、からだのどこかで骨を溶かしてカルシウム成分を血液に供給する“破骨細胞”がはたらきますし、逆に、血液中のカルシウム分を結晶化して骨に上塗りしていく“骨芽細胞”もいます。この両者がバランスよく機能すれば、血液中に供給されるカルシウム分を一定に保ちながら、骨も安定してからだを支える硬さを維持できるわけです。
菊井 「骨を溶かす」というと、悪いイメージをもってしまいがちですが…。
樋口 確かに、骨粗しょう症などのイメージがありますが、でも、“銀行”で考えると、銀行にお金が集まり過ぎて世の中に流通できない状態もよくないですよね。入金もあれば出金もあるわけで、骨質を付加する細胞もいれば骨質を溶かす細胞もいるわけです。“銀行=骨”が機能してこの両者のバランスが維持できればいいのです。
菊井 骨を銀行の仕組みにあてはめると理解しやすいですね。
樋口 解剖学は、からだのパーツの名称を個別に覚えようとすると大変ですし、無味乾燥になりがちですが、こうしたストーリーの中で役割を担う登場人物と思えば、一般化してイメージしながら理解できるので覚えやすいと思います。
菊井 身近なものに当てはめるという手法は、家庭でも、子どもに何かを教えるときに役立ちそうです。
子どもに教えてもらおう
菊井 最近、学校教育では探究的な学びが広がっています。
樋口 一般的な「探究」とは、“明確な正解がない自分事の問い”=【自分の興味関心がある分野に関するなぜ?身近な事象に関するなぜ?身近な問題(不便なことや困りごと)】の真相などについて、深く考えながらすじ道をたどりながら探って、解決したり本質を明らかしていく一連の思考活動です。ですので、総合学習の一環で単純な調べ学習・自然体験・海岸のゴミ拾い体験・ボランティア体験などをさせること自体が目的ではないのです。
菊井 学校現場では、“正解のない問い”を授業で扱うとなると、授業を組み立てるのが難しいという声があります。何かコツは?
樋口 「正解がない…」と言われると、指導が難しく感じてしまうかもしれません。しかし、実際に実社会における問題には明確な正解がないものがほとんどで、近い将来、子どもたちもそういった問題に自分が学んできた知識やスキルを活用して立ち向かわなければなりません。その練習でもあるので、それほど難しく考える必要はないと思います。子どもと一緒に、迷いながら考えることが大事です。ですから、先生が授業の前にすべてを完璧に理解しようとしなくてもいいのです。時には、思ったような結果がでなかったりうまくいかないことがあったり、失敗することがあるかもしれませんが、そういった失敗も必要な経験として、今後に活用していくことができればよいのです。
菊井 「探究」の学習の進め方やステップは、家庭でサポートするときも活用できそうですね。
樋口 基本的に、子どもの「なぜ?」はいろいろとあるのでは? 子どもと一緒に学んでいくという視点であれば、いっそのこと、「子どもに教えてもらう」というのもいいかもしれませんよ。
菊井 子どもに教えてもらう?
樋口 探究的な学習は、学校で子どもたち自身が学び合っていくこと、つまり主体的に取り組むことがポイントです。ご家庭でも、子どもが気づいた「なぜ?」を親が面倒と思わずに、子どもと一緒に図書館に行って、子ども自身が本で読んで調べるきっかけをつくったり、子どもの疑問や興味に関係した科学講座や習い事でインプットした情報や知識を、親にアウトプットする機会をつくったり、学びを自分のものとしてより確かにできる機会をつくってみてはいかがでしょうか。“大事なこと”は、子ども自身が自分で発見したように親が上手に誘導して、親は子どもに教えてもらう気持ちで、子どもの発見を「すごいね~」と親子一緒に感動するくらいが良いということなのです。そんな親の様子をみて、子どもの方もうれしくなって次もきっとやる気を出してくるのでは?
菊井 子どもが学校で教わった内容なども「それって、どういうこと? 教えてほしいな」「あなたは、どう予想したの?」などの問いかけをして、親もその内容にも関心をもっているようにすれば、子どもも自分の学びをアウトプットしやすくなるかもしれませんよね。
樋口 そうです、そうです。親の疑問や問いかけがあれば、子どもは学んだことを整理して話そうとしたり、あやふやなところはさらに調べたりするでしょう。家庭での学習も探究活動も同じで、子どもに対して先生も親も一方的に教え込んだり、「これはこういうことなのよ!」と“大事なこと”を子どもが自分で調べる前に先に言ってしまったりしないということですね。
菊井 親が情報を与えるより、教えてもらう形にするほうが、子どもがより主体的に活動できますね。 子どもに説明してもらうと、要領を得ず、もたもたしてしまう場合もあり、思わず親が言い換えてしまったり、仕事や家事で忙しくしていると、「ああ、そう」と流したりしてしまいそうですが、そこを我慢するということですね。
樋口 探究の学びは、「これはどうなっているのかな?」と身近な人と話し合って深めていくとことがポイントです。日々の生活やお仕事で忙しいのはわかりますが、小学生くらいまでしかできない学習との関わりでしょうから、そういうタイミングを大切にして、ぜひ子どもとじっくり向き合ってほしいと思います。
ストーリーに沿った学び方、子どもに教えてもらうなど、トークがどんどん盛り上がってきました! さて、後編のテーマは「子どもの目が輝く学び」。家庭でも実践できるアドバイスは必見です。