4月。
もうすぐ、わたしは中学生になる。
「おめでとう、絵留。もう中学校かあ」
「制服、よく似合ってるわ」
お父さんとお母さんが、さっきからかわるがわる話しかけてくるので、わたしはちょっと照れくさかった。いつもこういうわけじゃない。これには理由がある。
二人はわたしの入学式を待たずに、明日アメリカへ旅立つ。でも、わたしはおばあちゃんと日本に残る。坂下親子は、これから離ればなれで暮らさなければならないのだ。
「さあ、そろそろご飯にしましょ。絵留は着替えてらっしゃい」
おばあちゃんが台所から顔を出した。わたしは両親の熱い視線を背中に感じながら、階段を上り、部屋へと向かった。まだ、しわ一つない制服を丁寧にハンガーにかける。
ことの発端は、おじいちゃんの急死だった。おじいちゃんは生物学者で、結構名の知れた人だったらしい。数年前に大学の教授を辞めてからは、アメリカの研究所に招かれ、日本とアメリカを行き来しながら生活していた。
わたしは、おじいちゃんの研究についてはよく知らない。優しくて、おもしろいおじいちゃん。それで十分だった。
アメリカで倒れたおじいちゃんは、そのままあっけなく亡くなった。お正月に帰国したときは、あんなに元気だったのに。
そのとき、おじいちゃんはわたしに古い懐中時計をくれた。ずっと前にねだったときは、全然相手にしてくれなかったものだ。鈍い銀色で、ふたの表には星や月が彫ってある。ふたの裏はロケットになっていて、幼稚園の頃のわたしとおじいちゃんの写真が入っていた。
「宝物なんだ。ずっとずっと大事にしてほしい」
と、おじいちゃんは言った。急に変なのと思ったけど、おじいちゃんは自分が死んじゃうかもしれないって、なんとなくわかっていたのかな。そんなことってあるんだろうか。よくわからないけど。
とにかく、おじいちゃんにはもう会えないんだ。まだ全然信じられない。今もアメリカのどこかで大声で笑っているような気がするのに。中学校の制服姿を見てほしかったな。よく似合うよって、言ってくれたかな……。
「絵留、着替えた?」
ノックの音とともに、お父さんの声がした。
「うん。何?」
言いながらドアを開けると、小さな箱を持ったお父さんが立っていた。
「ちょっと、話しておきたいことがあるんだ」
お父さんは小さな箱を大事そうに抱えて、部屋に入ってきた。かがんで、そっと箱を下ろす。
「開けてみて。静かにな」
「え? 何?」
ふたを細く開けると、何かが上下に小さく動いているのが見えた。
生きものがいる!
どきどきしながら、ふたを全部開けた。
「うそ! 恐竜?」
思わず大声が出る。お父さんが小声で
「静かに!」
と言って、人差し指を口の前に立てた。
わたしは小さい頃から恐竜が大好きで、いつもおじいちゃんと図鑑を見ていた。だから、よく知っている。首としっぽが長い恐竜の仲間のアパトサウルスあたりをそのままうんと小さくしたような、そんな生きものが箱の中ですやすや眠っているのだ。
おもちゃなんかじゃない。その証拠に、横たわった体のわき腹の辺りがかすかに上下に動いている。息をしている。生きているんだ。
「恐竜の赤ちゃん……みたいに見えるんだけど、まさかね? こういうトカゲ?」
ひそひそ声でたずねると、
「いや、そのまさかなんだよ」
という答えが返ってきた。お父さんの顔は真剣だった。
「いいかい、絵留。落ち着いて聞きなさい。今日、研究所の人と会ってきたって言っただろ」
「うん。お父さんとお母さんを迎えにきてくれたんだよね」
続きは、当月号「ポピー・キーワード」を入れて、読もう
読もう
ちび恐竜と絵留の日々のストーリー
たかはし先生のメッセージ
井上先生のメッセージ