勉強に効く!脳コラム10選 ~ ❺へぼを見るとへぼになる!?
篠原菊紀先生の脳コラム
へぼを見るとへぼになる!?
「下手がうつる」などと冗談まじりに憎まれ口を言うことがありますが、実は根拠がありそうだというのが今回のお話です。わが身を振り返りながらどうぞ。
ダーツの予測実験
以前、情報通信研究機構の池上先生らが興味深い実験をしました。下手な人を見ると、自分も下手になってしまうかもしれないというのです。
実験では、ダーツのエキスパートたちに、ダーツが下手な人のビデオを繰り返し見せます。
どこに当たったかは見えません。この時、この下手な人の投げ方だと、中心からどのくらいはずれるのかを予測してもらいます。そして、毎回結果を示します。
すると、さすがはエキスパート。どのくらいはずれるかの予測の的中率が上がっていきます。
内部モデルが出来上がる
しかし、予想の的中率が向上したのと引き換えに、エキスパートたちの命中率が下がってしまいました。
わたしたちは、ダーツなどの運動技能を身につけていくとき、繰り返し練習します。この間、投げた結果からフォームやリリースポイント、矢の角度、力の入れ方などを調整します。投げるさなかにも結果を予測し、予測に合わせた微細な修正を繰り返します。
この繰り返しの結果、脳の中、とりわけ小脳にダーツ投げのための「ネットワーク」が出来上がっていきます。適切な脳細胞のつながりだけが作動し、余計なつながりが作動しないネットワークです。
このネットワークを脳科学では「内部モデル」と呼んでいます。そして、この内部モデルの出来が、ダーツの成績を決め、スムーズでなめらかなフォームを生み出すと考えられています。
へぼを見るとへぼになる
内部モデルは、他人の結果の予測にも使われていると考えられています。このフォームでこの力の入れ方なら、こうなるだろうという予測は、同じ内部モデルを逆読みすることで行われると考えられているのです。
だから、下手な人の結果がうまく予測できるようになると、投げるための内部モデルにも微妙な狂いが生じてしまうのです。
元プロ野球大リーガーのイチロー氏は、「自分のバッティングに影響するため、下手な人のバッティングは見たくない」と言ったことがあるそうですが、さすがの慧眼というべきでしょう。
努力の方法の記憶も「技の記憶」
ところで、「記憶」をおおまかに分けると、言葉で言える記憶(陳述記憶)と言葉で言いあらわしにくい記憶(非陳述的記憶)に分けることができます。
昨日の出来事とか、歴史の年号などは言葉で言える陳述的記憶で、ダーツやバッティングは非陳述的な記憶です。非陳述的な記憶は「技(わざ)の記憶」「手続き記憶」「方法の記憶」などと呼ぶこともあります。
数学や物理などは解き方を覚えるわけで、多分に方法の記憶ですし、勉強の仕方を身につける、努力の仕方を身につける、というのも方法の記憶です。ですから、ダーツで起こったことが数学や物理、勉強の仕方や努力の仕方でも起こる可能性があります。
へんな解き方、へんな勉強の仕方、へんな努力の仕方に接していると、へんな方法が身についてしまう。逆にいい解き方、いい勉強の仕方、いい努力の仕方に接していると、いい方法が身につきやすい、子どもにはよき努力を見せましょう。
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篠原 菊紀(しのはら きくのり)先生
公立諏訪東京理科大学 情報応用工学科教授(脳科学、健康科学)。東京大学、同大学院教育学研究科修了。『頭がいい子を育てる8つのあそびと5つの習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。『子どもが勉強にハマる脳の作り方』(フォレスト出版)など著書多数。NHK夏休みこども科学電話相談など、TV、ラジオ、雑誌でもご活躍。
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